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テレビゲームあれこれ日記

あれこれ劇場 『ごめんね、フーちゃん』

「フーちゃんにも、あとで遊ばせてね」
 午前中の青い光の中で、息を弾ませながらフーちゃんは言った。
 正月休みの静寂に包まれたニュータウンの商店街の中を、おれとフーちゃんは走っていた。
 おれの右手には、お年玉で買ったばかりのゲームソフト『ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカー』の真新しいパッケージが、ポリエチレンの白い袋越しに奇妙に柔らかく収まっている。
 待ちに待った『ジョーカー』――!
 おれはしつこく垂れ落ちてくる洟を啜り上げながら夢中で家路を急いだ。背後を、フーちゃんの子供っぽい咳払いがついてくる。
「フーちゃんは、サソリを最強にする」
 後ろでフーちゃんが宣言した。「黄色いサソリを最強にする」
「ほら、車が来るぞ」
 実際に車が来る気配はなかったが、それでもおれは小走りになってフーちゃんに向き直り、その小さな手を引き寄せてグイと握り締めた。
 念願のゲームを手に入れた興奮も手伝って、おれはこの純粋な弟に対していつもに増して優しい気分になっていた。「早く帰ろう」

「一個しかセーブできないね……。フーちゃん、これはお兄ちゃんしか遊べないんだよ?」
 母さんが柔らかく言うと、フーちゃんの瞳が怯えたようにおれの目を見た。優しさの中にも、どこか毅然と教え諭す響きが母さんの声にはあった。
 その空気をフーちゃんも敏感に察したのだろう。大きなショックに顔を赤らめながら、フーちゃんはおれから逸らした視線を絨毯の上の虚空に当てどもなく漂わせている。幼く赤い唇が、不服げに尖っていた。
 その目から早くも、みるみる涙の粒が盛り上がるのが見えた。
 おれは唇を噛んだ。
――ああ、またか。
 と、おれは思った(あの時のフーちゃんの気の毒な表情を、おれは大人になったいまでも忘れることができない。が――、それはまた別の話)。
 母さんの言う“一個のセーブ”とは、要するにゲームの進み具合を一人分しか記録しておけない、ということだった。つまり一つの『ジョーカー』のカートリッジで、おれとフーちゃんが別々に遊ぶことは不可能なのだ。理屈の上では、何千円もする『ジョーカー』のカートリッジをもう一本買わなくてはフーちゃんが遊ぶことはできなかった。
 これは別に珍しいケースではない。事実、だいぶ前に『ポケモン』を買った時にもこれと全く同じ問題で激しい兄弟喧嘩になり、おれもフーちゃんも両親にこっぴどく叱られた経緯があった。それだけに、この手の問題に関しては母さんも少し慎重になっていたのだ。
「これはお兄ちゃんのお金で買ったゲームなんだから、フーちゃんは遊べないの。ね?」
 言って、母さんがニンテンドーDSの本体をおれに差し出した。「あなたも、あんまりフーちゃんに見せびらかしちゃダメよ? 見せるのであれば、最後まで二人で一緒に遊ぶこと。分かった?」
 おれは返事をしなかった。母さんの言葉が耳に入っていなかったのだ。おれがDSを受け取ろうとすると、母さんは素早く手を引っ込めた。
「あなた、分かったの?」
 母さんの声色が若干キツくなった。軽く眉を吊り上げ、真剣な眼差しでおれの目を覗きこんでくる。
 おれは遂に、一つの考えを口にした。
「――じょ、『ジョーカー』は、フーちゃんが遊んでもいいよ」
 押し寄せる寂しさに鼻の奥がツンとなったが、おれは我慢して続けた。「でも、あげない――あげないよ。フーちゃんは二年生だから、貸してあげるだけ。おれは、四年生だから貸してあげる」
 おれは必死に涙を堪えた。それは『ジョーカー』で遊べなくなることの恐怖以外に、母さんの目の前で自分のイイところを見せつけることができた――そんな浅ましいカタルシスが確実に入り混じった涙だった。
 それがまたイヤだった。
 おれは母さんの手からDSを引き剥がすと、『ジョーカー』のカートリッジを手早く抜き取ってフーちゃんにそっと差し出した。
 フーちゃんは涙に濡れた睫毛を光らせ、吸い寄せられるように『ジョーカー』のカートリッジを見つめている。
 その小さな手のひらにカートリッジを半ば無理やり握らせると、おれは自分の部屋に引き返すべく母さんとフーちゃんに背を向けた。母さんが背後から何か心配そうに言うのが聴こえたが、おれは無視した。

 ふと目が覚めると、部屋はすでに薄暗くなっていた。
 カーテンが開け放しになっている。あれから陽が傾くまですっかり寝過ごしてしまったことに気づき、おれは二段ベッドの上段から慌てて身を起こした。とにかくカーテンを閉めよう――そう思ってハシゴに手をかけると、ベッド下段の縁に腰を掛けるフーちゃんの短い脚が見えた。暗がりの中で、どうやらニンテンドーDSの画面を覗き込んでいるらしい。
「――わあァっ」
 おれはぎょっとなって声を上げた。「フーちゃん! 電気をつけないでゲームを遊んじゃいけないんだよ!?」
 言いながらも、おれはDSの画面が気になって大急ぎでハシゴを降り、フーちゃんの隣に座った。画面には、おれが貸してあげた『ジョーカー』の美しい映像が映し出されていた。
「つかまえたよ」
 フーちゃんは、おれに秘密を囁くように言った。「黄色いサソリを、つかまえたんだよ」
 画面の中には確かに、黄金色の輝きを放つ“おおさそり”の姿があった。捕獲したばかりらしく、名前の入力待ちの状態になっている。
「よかったね」
 おれは嬉しくなって言った。“おおさそり”は、どういうわけか以前からフーちゃんのお気に入りのモンスターだった。「名前は何にするの?」
「に、兄ちゃんの名前をつけよう」
 口調に、おれに気兼ねするような響きがあった。「兄ちゃんと一緒に遊びなさいって、母さんが言った」
 フーちゃんはおれに必死で気を遣っているのだ、とおれは直感した。
「ありがとう」
 言いながら、おれはフーちゃんから受け取ったDSの画面の中の“おおさそり”のデータに目を落とす。
 その“おおさそり”はメス(♀)だった。
 おれは吹き出しそうになるのを堪えながら、フーちゃんの顔を見た。薄闇の中で、フーちゃんが嬉しそうにおれを見ている。
「――ありがとう……」
 おれはもう一度言って、画面内の“おおさそり”を見た。「それじゃあ、おれの名前をつけるよ?」

 おれの名前は――。
 なまえを いれてください「*****」(了)

by atom211974-3 | 2007-01-27 20:27 | あれこれ劇場
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