テレビゲームあれこれ日記

『ファイアーエムブレム 覚醒』 (3DS用ソフト)

 5章「聖王と暗愚王」にて初の死者が出たために仕方なくリセットし、いま憮然としている最中です。くそッ……! ブツブツ……。

 まだまだ序盤ですが、ゲームとしての遊び心地のよさ、おもしろさに関しては満点に近いものがあると思いますね。
 快適なインターフェースと華麗なグラフィック、そして荘厳な音楽――。満足ですよ。

 ところでゲーム史上、こうしたウォー・シミュレーション的な遊びの骨格に、ここまで濃厚に“ビジュアル”・“サウンド”・“ストーリー”の盛りつけを施した表現物は、この『ファイアーエムブレム』シリーズが初めてなんじゃなかろうか(もしも違う場合は教えてね)?

 普通、たとえば『ファミコンウォーズ』のようなウォー・シミュレーションゲームの場合だと、ユニットはいくらでも工場で生産ができる。

 言わばユニットは消耗品です。死んでしまえば、必要に応じて次から次へとポコポコ増産できてしまう(それでも、悪戦苦闘を切り抜けたユニットにはおのずと思い入れが湧いてしまうんだけどね)。

 しかし『ファイアーエムブレム』は、ウォー・シミュレーションのゲーム性はそのままに、個々のユニットに対して唯一無二の“人格(キャラクター)”を与えてしまった。

 すなわち、ユニットをひとつも死なせるわけにはいかないウォー・シミュレーションゲーム、というわけです。ゲームとしてはかなり過酷な部類に入りますよね。カレーにたとえると激辛カレーみたいなものです。ヒー。

 無味乾燥だったロールプレイングゲームに“ストーリー性”を与えて成功したのが『ドラゴンクエスト』だったとするなら、この『ファイアーエムブレム』は、ウォー・シミュレーションゲーム界の『ドラクエ』と言えるかも知れません。

 ただ、『ドラクエ』はあくまでもゲームの敷居を下げるためにストーリーを入れたのに対し、『ファイアーエムブレム』は、ストーリーを入れたことによって、むしろゲーム性の敷居を上げています。

 この対比はおもしろい。ストーリーを盛り込むにあたっての動機が真逆なんですね。

 つーか早く5章クリアしなきゃ!
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by atom211974-3 | 2012-04-21 09:48
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