テレビゲームあれこれ日記

『ドラクエ9』日記(シナリオへの薄暗き愚痴編) 2009.10.11

【※ご注意※】本エントリは『ドラクエ9』および、歴代シリーズ作品のシナリオの特徴について触れています。特にネタバレはありませんが、念のため『9』のエンディングを見てからご覧下さいね。

 プレイ時間が260時間を超え、まだまだ止め時が見つからぬ事実にヒーヒー嬉しい悲鳴を上げる日々(5,000円で丸3カ月間、毎日遊んでも飽きないんだもんなあ……。何て安上がりなソフトなんだっ)。

 さて今回は、そんな『ドラクエ9』のシナリオ面に対して、あえて苦言を呈してみたいと思います。
 前回は「カタカナの固有名詞の語感がダサい」という不満について述べましたが、今回もテーマとしてはそのことと地続きであります。

 皆様ご存じの通り、今回の『9』は、フタを開けてみればゲームデザイナー堀井雄二の純然たる新作、というわけではありませんでした。
 セリフからゲームデザインから、アシスタントにほぼ丸投げですからね(実験としては面白いと思うけど、それならそれで事前に“今回は実験です”というアナウンスくらい欲しかった)。

 では、堀井氏が手がけてきた歴代のシリーズ作品のシナリオと、今回のアシスタントのそれとでは、一体何がそんなに違うと言うのか。

 それは、登場人物のセリフの処理です。

 堀井氏は、短いセリフの中に“ありふれた人間”のホンネを凝縮させるのが抜群に上手い。
 その手際が特別であるために、ことさら登場人物に「特別なこと」を喋らせる必要がないんですね。

 たとえセリフの内容が「おしっこが 足に ひっかかったじゃないか!」とか「ゆうべは お楽しみでしたね」みたいな気の抜けるようなものであっても、何だかんだでサマになってしまう。腕のいい料理人が食材を選ばないのと同じ理屈です。

 ところが処理が上手くない人が書くと、登場人物にいきなり「特別なことを喋らせよう」として、肩にチカラが入ってしまう。何とかして「泣かせよう」、「感動させよう」としてしまう。こういうのがイチバン白けますね。

 はっきり言って、日本のRPGのシナリオの大多数がそうです。だから「厨っぽく(青臭く、の意)」なって、プレイヤーが段々ついていけなくなって、RPGがどんどん一部のマニアのものになっていってしまう。

 RPGには、ゲームとしての楽しさだけではなく、物語の楽しさ、ビジュアルや音楽の素晴らしさなどなど、いろんな分野の楽しみが備わっていますよね。

 で、『ドラクエ』というのは今まで、たとえば音楽の専門家から「これ、ゲームのくせに音楽がいいね!」と言われたり、プロの作家たちから「これ、シナリオが面白いね!」と言われたりしてきた歴史があるわけですよね。

 要は、ゲームに興味がない世のオトナたちに対しても、他のゲームにはない一定の発信力があった。
 物語、音楽、ビジュアル――その一つひとつがゲーム史上において最高傑作とは言わないまでも、全ての要素が、まんべんなく高いレベルで調和していたことこそが『ドラクエ』の特別性であったと思うのです。

 今回の『9』は、そのシリーズ伝統のアドバンテージを自ら捨て去りました。
「ゲームとしては面白いんだけどねえ……」という、他のRPGと同じ水準に『ドラクエ』が自ら進んで降りてきた事実が、僕にはとてもショックであり、まあ、それなりに新鮮でもありましたね。

 ゲームとしては『9』は確実に面白いので、まだまだ遊びますけれども……。堀井雄二の大ファンとしては複雑な心境であります。長文御免ッ。
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by atom211974-3 | 2009-10-11 22:32
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